山陰本線デゴイチ物語

山陰本線デゴイチ物語9 長門粟野~伊上

長門粟野(ながとあわの)

粟野の地名は粟野川がそばにあるから、ということになるがなぜ「あわの」か?13世紀の元寇にも由来するというが古くからの地名であるようだ。国道191号線からも近いのでデゴイチの走る終盤は車で追っかけて撮影したこともある。長門粟野駅は交換可能な駅なので停車する貨物が多かった。阿川、特牛に向けて蒸気の上りを調整するための停車もあったと思う。蒸気を作って上り勾配に備える、ということだ。

74年7月粟野川鉄橋の下り貨物、243番
74年9月長大な貨物を牽引するデゴイチ

現在の長門粟野駅は小ぢんまりとしていた。かつては駅員もいて賑やかな駅であったと思う。今も残る長いホームが栄枯盛衰を物語るようだ。ここからは油谷湾の様子が見え始める。海水浴場、キャンプ場などがある一大リゾート地で、大陸との交流の歴史に触れることもできる。なんと楊貴妃伝説もあるのが油谷半島だ。本人が逃れてきたかどうかはともかく、大きな像もでき資料館もある。風景とともに学習にもなって楽しめる。

社会人になってからは夏休みに油谷半島の大浜海水浴場によく通った。きれいな海と砂浜。岩場もあって美しい浜だった。それなのに海水浴客は少ない、という贅沢な時間を過ごすことができた。今はどうだろうか?

2012年12月の駅舎
長いホームが本線の証拠、その名残か

伊上(いがみ)

粟野が河口であり油谷湾が近くなる、伊上はすぐ海のそばとなる。デゴイチが走っていた頃もこの辺りは平坦地である。漁港も近い、油谷湾も奥深い位置となるので船が休むには良い場所であろう。最近は楊貴妃館なる温泉施設もできた。海を見ながらゆっくりできるのは当然だが、いつもゆっくりしているような?山口県民でも好評らしい。

いがみ、という読みが気になるが、伊神、井上とも書いて地名か、人名にもつながっていくらしい。いがみ、という音が大事と思えば、海も近いから海からの渡来人を祀ったか、磯の神、岩場があれば石上(いそのかみ)で訛っていがみ、はどうだろうか。今の地名の漢字は伊上となったが、伊は伊勢にもつながる、海路によるゆかりは無いのだろうか。

2015年2月の伊上駅
伊上駅ホーム、まるで野原の1本道、のようだ

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