山陰本線デゴイチ物語

山陰本線デゴイチ物語3 安岡~福江

安岡(やすおか)

このあたりも平坦な線路が南北に伸びている。夕暮れは斜光を浴びて列車がギラリとする。安岡、次の福江も海岸に近いので渡来系の人々が住んでいたようだ。現代の我々が想像する以上に大陸や半島との交流は盛んだったということだ。

74年9月、奈良区から転属してきたカマ 
74年11月安岡―福江館デゴイチ貨物

福江(ふくえ)

福江駅は70年代に通った時から無人駅だった。しかし海岸は近いし地名も五島列島の福江にちなむ、という説があるので交流が盛んだった証であろう。福の港か吹くの港、風よけの入江が近くにあったとの説もある。

ここはデゴイチ撮影の名所でもあった。吉見側にある峠に向かい、20パーミルの勾配がある。デゴイチの客車の最後尾に乗って、力闘するデゴイチをカーブの度に窓から撮ったものだ。同じ客車でもDF50の方がゆっくり登るようであった。デゴイチよりも非力であったとも聞いた。デゴイチの頃は峠の山は木を伐採したばかりで登って撮影するには格好のお立ち台であった。右側には日本海があり、南方の安岡あたりからやってくる上り列車が見えた。緩やかなカーブが撮影ポイントになるがその左端には豚小屋があった。今で言うなら養豚場。風向きによって匂いや鳴き声がして閉口したものだが今となっては懐かしい。75年1月の「さよならSL 」列車の復路はこの山腹で撮った。デゴイチは重連で(720番+612番)客車は8両編成、山は別れを惜しむSLファンで一杯だった。列車が去った後は全員で拍手喝采、ジーンときたのを今も覚えている。

73年11月デゴイチ418番
75年1月さよならSLデゴイチ重連

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