山陰本線デゴイチ物語

山陰本線デゴイチ物語2 幡生〜綾羅木

幡生(はたぶ)

はたぶ、には古い歴史がある。ハタは、秦につながる、神功皇后ゆかりの土地だという。生野神社、住吉神社が近くにあり、鉄道の駅としては山陰本線の終点である。下関車両所もあって修理、検査をするので色んな車両がホームから見えたものだ。デゴイチの頃は幡生に貨物の操車場があり、貨物列車はその中からは発着していた。操車場に着いたらデゴイチは毎回、単機回送で隣駅の下関の運転所で給水、給炭をして点検を受ける。貨物牽引のためには再び幡生操車場まで単機回送して貨物列車に連結される。

客車、気動車はすべて下関発着である。幡生駅のホームからは山陰本線のデゴイチ発車をよく見送った。あるいはデゴイチの客車に乗ってそのまま長門市方面に向かったこともある。山陰本線の上りはしばらく山陽本線と並走し、やがて左に折れて北上する。山陰本線の単線区間に入ると途端に郊外となり田園風景が広がる。

73年11月長門市行の発車シーン
73年10月の朝、後方が貨物の操車場
73年11月山陽本線との並走

現在の幡生駅はあまり変化がないように思う。山陽本線と山陰本線のホームが別々であるままなので、眺めるだけで懐かしい。あまり駅前に出て歩いたことはないが下関車両所も変わらないように見える。

2011年8月小串行のキハ

綾羅木(あやらぎ)

下関駅から北の位置にあるあやらぎ、という駅名も幡生に関連する由緒ある地名である。日本海が近いあやらぎは、漢羅城とも書ける。やはり大陸の人との往来が盛んだった土地なのだ。漢氏(あやし)は秦氏(はたし)ともつながる、というのは場所柄からして容易に想像できる。この辺りは平坦なのでデゴイチは快走する場所であった。寒い時期に行ったのでデゴイチの白煙が印象的であった。夕暮れになると何やらさみしい思いがしたものだ。近年、ようやくドライブで寄ってみたが、今も変わらない田園風景が広がっていた。

73年11月山陽本線から分岐点

 

73年11月デゴイチ牽引の客車

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