むかしばなし

ケンケンのむかしばなし おまけ イラストと4コマ漫画

イラストと4コマ漫画

高校の時、ご縁で広報部に顔を出していた。ゆるやかなものでそれだけで部員扱いになっていた。体育部も文化部も入部届や退部届はなかった時代。文化部はさらに自主性?が尊重されていたようだ。私は写真担当として手伝っているつもり、だった。しかしいつの間にか高校2年の秋には広報部の名ばかりの部長になっていた。メインはバレーボール部のレギュラーなのだが頼む方も受ける方も気楽なものだ。女子の広報部員に頼まれて仕方なく、こういうのが私の場合は多い。よって卒業アルバムの集合写真ではバレー部と広報部の両方に私がいる。

イラスト:高校の広報誌

年3~4回の校内広報誌であったが、写真を撮ったり取材したりが私の役割だった。卒業記念号ではイラストと4コマ漫画を依頼されてそれが掲載されている。4コマ漫画は今見ても笑える。このやっつけな雰囲気が良い。教師はK先生というモデルがいた。「モンペ」というのは母校の伝統ある名物で女子の作業着だった。清掃時間に水色のモンペを全員が履いて作業をする。女子には賛否あったが男子にとっては見慣れた景色であった。しかし30年後の同窓会では履いていた当人、女子が忘れていたのには驚いた。履いたかもしれないが色を覚えていない、という人もいた。思い出が白黒になっているのか?中学、高校と体操服の色も私は覚えているが忘れている人が多い。思い出は総天然色であってほしいものだが。私には当たり前の事でも他の人はそうはいかないようだ。

「白目で眠る私」

イラスト:高校の広報誌 1979年3月の卒業記念号 ①「白目で眠る私」は卒業の思い出を事前に集めたコメントの中にあった。「先生、驚かしてゴメン」と女子のお詫び。

白目で眠る私白目で眠る私

「愛するモンペ」

愛するモンペ愛するモンペ

「愛するモンペ」というやはり卒業コメントにあったもの。3年間の愛着が目に浮かんだ。

4コマ漫画

正に番外編、1990年代、横浜にいるころにちゃっちゃっと書いたもの。センスはあるが雑なものだ。それが意外に面白いではないか。

外観の変化外観の変化
故郷は近くに故郷は近くに

当時のNHK大河ドラマは毛利元就であった。広島弁は山口弁に似ていたので故郷の方言を懐かしく感じたものだ。

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