むかしばなし

ケンケンのむかしばなし6 夏の怪談

夏の怪談

夏の方が怪談話は多い。夏は夕暮れが遅くなり野良仕事も遅くまで続けてしまう。昼間の疲れが出るころだ。さてそろそろ帰ろうか、と母がふと顔を上げると田んぼの向こうに祖母が見える。「あら、おっちゃったかね、どうしちゃったかね(珍しいこと)」と声をかけるが横を向いてゴソゴソするばかり。祖母はそのころから耳が遠かったから返事がなくても不思議には思わない。もう一度振り向くともう祖母の姿は見えない。はて?北部の山間部のおばちゃんから聞いた話しでは、やはり夏の夕暮れ、畠仕事をしていると近所の幼い女の子があぜ道を歩いている。「おや、こんな時間に、遅いね」と声をかけるが振り向きもしないで去っていく。「はて?」と気が付いてもう一度顔を向けると狐らしきものがピョンピョンはねて田んぼの中に消えていったとか。場所は違うが夏の夕暮れ、狐が人を化かす、というのは本当だと思った。

初夏の頃だろうか、深夜にギャアギャアと山中から聞こえてくる。「母ちゃん、何の声?」「ありゃ狐じゃろ」。小学校に入ると「こぎつね」の歌を習う。「こぎつね、こんこん山の中♪」の歌詞から、狐はコンコンと鳴くと思っている人がいるがそうではない。むしろ犬や猫の真似をして泣いたり、赤ん坊の声で鳴いたりするようだ。猫を飼うようになって「猫のさかり」にはギャアギャア泣いて、赤ちゃんの泣き声のように聞こえることがあるが、私が聞いた山中からのきつねの鳴き声とは違うように思う。

「狐つき」という憑き物の話がある。山中は動物霊や行倒れの地縛霊などが多く存在するという。そんな分析はともかく目の前でそのような状態を見たり聞いたりしたので狐憑きも山の神の祟りも当たり前のように思っていた。憑き物になった本人が目の前にいるというのは今思えば不思議な話だ。姉は幼い頃、有名な狐憑きの状態になったらしい。原因不明の高熱にうなされていたが日蓮宗のお祓い、祖母のお不動さんの祈祷で治った、というではないか。母も同情心が篤いせいか彷徨う霊を連れて帰ることがあった。死霊もあれば生霊もある。母が毎夜のようにうなされるとお祓や祈祷の出番だ。ひどいときは夜中に男のような低い声でうなり始めた。今思い出せば、あれはエクソシストという映画にあった悪魔祓いのようだった。祖母はお不動さんの祈祷術を習得していると聞いた。藁でいぶして、抹香を炊いて、呪文を唱えると霊が出てくる。ある時は生霊が現れ、祖母の口から事情が話された。なんと恐ろしいことか。それは実在する近所のおばさんの生霊であった。「憎い、憎い」「何が憎い」「〇〇〇×△▼!」「わかったから去れい!」。これでお祓いは無事に終了した。

他にも土用に入って土を掘ってはいけない、山の神が怒るから地鎮祭をしなければならない。夏ならお盆は海で泳いではいけない、エンコ(死霊か河童?)がひく。縁の下の穴は蛇穴だからつぶしたら目がつぶれる。墓原が見える場所に住んではいけない…など。夏の夜はそんな話で親が子を戒めたものだ。子供の頃は大人の怪談めいた噂話を聞くことがあった。おかげで私はまた夜が眠れない。

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