くすり屋さん

くすり屋さん 四国こぼれ話4 高知県の思い出

くすり屋さん こぼれ話

初めて転勤となったのが88年12月、私と家族は高知市民となった。高松市から高知市への引っ越し、同じ県庁所在地だからそうは変わらないと思ったが妻は「高松より田舎ね」との感想だった。新天地には長男を連れて異動した妻は「母は強し」ということか。85年に新婚で高松市に住む時に新妻は「こんな大都会に住むの…」と恐れていたのに変わるものだ。

冬に引っ越したからだろう、高く澄んだ青空に驚いた。思えば私の人生では山口、福岡、香川の3県に住んで高知県は4県目になるが、初めて太平洋側に住むということになったのだ。

歴史好きにとって高知は楽しいところ

歴史好きの私にとって高知県、土佐の国、戦国時代は長曾我部氏、江戸時代は山内氏が治めたくらいは知っている。

幕末の坂本龍馬の活躍話しにも憧れを感じていた土地である。すぐに高知城、桂浜を訪れて観光気分を満喫した。

高知は日本酒天国?

夜の繁華街も高松、徳島、松山とはまた違う明るさ、派手さをすぐに体感した。まず食べる魚が鰹に鮪が主体となったのは瀬戸内との大きな違い。

酒は日本酒を初めから飲む、というのも衝撃的だった。これぞ土佐、酔って酔われてこそお付き合いの始まりであった。高知が日本酒天国とは知らなかった。

会社の近くにあった「さげん」という居酒屋が行きつけの店だった。昼間はヘルシーランチが人気の料理研究家ばりのおかみさんがいた店。当然夜の肴も旨い、あんな良い店、なかなか無い。

酒の話題となったので続けると20代の私が日本酒好きとなったのは高知時代である。師匠は当時本社にいたT氏。研究所員が営業現場に出るということになった時、彼は高知担当となった。得意先との会食の根回しは私の仕事であり、話題提供も私が主導していったのでT氏は年上だけど私には頭が上がらない。私に仕事では大いに恩を感じているが正に一生のお付き合いとなった。ご縁とは面白いものだ。今でも私の日本酒の師匠であるし感謝すべきは私の方だ。

当時の有名な地酒は土佐鶴、司牡丹、桂月をよく飲んだ。酔鯨という銘柄は住んだ後半に知った。日本酒飲んで少しは坂本龍馬の気分になったものだ。

09年に行くと新しい高知駅は高架になっていた。 

路面電車の思い出

住んだのは高知市の西、旭町だった。土讃線に旭駅がある。駅を降りて北側の丘を上がったところにあったマンション、3階建ての新しい建物、エレベーターも当然ないが間取りが広くて気に入った。高台だから眺めもよいし、鏡川が右から左へ流れているのが見えた。駐車場も広い、家族も安心、駅の近くには大型スーパー、幼稚園もありで便利だった。

営業車で走るには高知市内は毎朝渋滞して閉口した。高知市内の宴会や休日の買い物などでは路面電車をよく利用した。土佐電鉄はカラーリングが伝統的で好印象だ。他所では全面広告の塗装やプリント電車が多いので興ざめすることがある。「とでん」は良い。

09年菜園場付近、近くに会社の事務所があった。

高知市内の思い出

私の営業エリアは高知市内がほとんど。空港のある南国市にもよく通った。浦戸湾が深く入り込んでいて平地が少なく山が迫っているのが高知市の特徴である。高知駅に降りれば海岸はすぐか?と思ったら大間違い。名所の桂浜まで高知駅前から車でも30分かかったように思う。

小さな丘に高知城が築城されたが工事は大雨による水害、台風、高潮で苦労した場所と聞いた。高知市内の大きな川は四国山地から流れる仁淀川が有名であろう。

初めて太平洋側に住んで、魚は瀬戸内の光物、小魚、白身魚が減って鮪に鰹が主力になった。さらに鯨肉もよく食べた。寿司はネタが大きい「おらんく家」は上司のお気に入り。

土佐料理は「司」や「土佐藩」へよく行った。上司は酒が飲めないので焼肉屋の「天下味」も多かった。ここも旨くて忘れられない味となった。得意先との会食では料亭にもよく行ったが思えば贅沢な料理と酒を若いうちから仕込まれたのだ。

しかしうどん、そばの老舗はなかったように思う。営業所近くの「得々うどん」も上司の好み、これは全国チェーンだ。ラーメンもこれと言った有名店がなかったが今はどうだろうか?旭駅近くの旭ラーメンは老舗だったが私の好みではなかった。

ところが繁華街裏にある屋台「安兵衛」のラーメンはまずまず。それよりも餃子で有名な屋台だった。飲んだ帰りの〆に仲間で寄る定番店で当時から深夜は大盛況。後輩と1次会からなら混まないだろうということで、おでんに餃子でゆっくり飲んで楽しんだこともある。
〆はラーメンだった…。

13年に再訪した「おらんく家」本店で寿司ランチ。 
13年に再訪した「安兵衛の餃子」、懐かし、旨し。

遺跡めぐり

岡豊城跡

県の東部に戦国時代終盤に活躍した長曾我部氏の岡豊城跡(南国市)がある。平山城の本丸に上ると土佐一国を平定し、四国全体も統一しようとした城主の気持ちを想像した。

しかし織田信長、豊臣秀吉時代となって野望は潰えた。秀吉の四国平定により土佐一国の領土に戻った。同様に九州全土を平定しようとしていた島津氏と似ている。規模は違うがやはり秀吉の九州征伐により島津氏は薩摩大隅の旧領安堵のみとなった。

岩崎弥太郎の生家

江戸時代末期に活躍した岩崎弥太郎の生家(安芸市)を見学に行ったことがある。三菱のルーツである藁ぶき屋根の家が大事に保存されていた。

私が行った時は丁度、三菱関係のお偉いさんが黒塗りハイヤー数台で乗り付けてきた。高知県の関連会社に赴任してきた支店長クラスは必ず訪問して創始者に挨拶するそうだ。

岩崎家の家紋が重ね菱だった。それと山内氏の三つ葉柏を合わせて三菱の会社マークを造ったそうだ。さもあらん。

龍河洞

龍河洞という鍾乳洞にも行ってみた。日本三大鍾乳洞の一つだ。

なるほど奥が深いしアップダウンも厳しい。ヘルメットをかぶって入って行くのは何だ、と思ったら狭い場所、低い場所もあって「こりゃ相撲取りは通れないな」という洞窟であった。

龍馬歴史資料館

高知空港(南国市、現在は高知龍馬空港と呼ぶ))近くに当時新しくできた龍馬歴史資料館にも何度か行った。大阪、東京からの社内ゲストを飛行機の時間があるからと歴史ファンを連れて行くと大いに喜ばれた。

武市半平太の生家

私の営業担当エリアの近くに幕末に活躍した武市半平太の生家(高知市仁井田)があった。抜け道的に使う道路から何度か眺めていたが一度だけ寄ってみたことがある。坂本龍馬の小説やTVドラマでも有名な人物だがその生家も大切にされていた。文武両道で土佐勤王党の首領と優秀で人望もあったのに非業の最後は残念だった、と思わざるを得ない。

桂浜の県立坂本龍馬記念館、龍馬像はついでに行くには遠すぎた。この資料館では龍馬の歴史的名場面を蝋人形で再現してあることが目玉であった。あまりにリアルな蝋人形に初めは驚いた。高知城と桂浜はセットな観光コースだろう。それにはりまや橋、五台山の竹林寺をどう組み合わせるか。日本三大がっかり観光地だったはりまや橋、現在は面目を一新している。

海岸

高知市から東へ行って室戸岬まで行ったことがある。大きな町もなく穏やかな海岸も少なった印象がある。地図で見ると高知県の海岸線は長いので夏は海水浴が楽しめる所が多いと思ったら大間違いだ。崖と岩と遊泳禁止の海岸線が延々と続く、それが現実だった。太平洋を甘く見てはいけない。

高知県の西に行くと断崖の海岸線が続く。昔から陸路より海路が便利な交通手段だったと聞いた。小舟で小さな漁村をまわる、というくらいに平地が少ない厳しい地形だった。県西部は幡多地区とよび幡多美人が多いという。

中村市(現在は四万十市、知らなかった)まで行けば有名な四万十川もある。観光では1回程度しか行っていないが仕事では後輩の同行やイベントの手伝いで何度か訪問した街だ。中村市内から足摺岬まで、車でたっぷり1間かかる。途中で中浜万次郎のジョン・万次郎記念館(土佐清水市)もあった。中浜の漁師だった万次郎(当時14歳)が難破したものの米国の捕鯨船に運よく拾われる。その後米国で教育を受けたのに…日本へ戻ってきた。博識と経験、英語術は幕末に有用だったはずだが実力の半分程度しか発揮していない印象だ。複雑な思いがあったと想像する。

私生活の思い出

私の高知時代は27歳から31歳、仕事に家庭に多忙だった。趣味は鉄道模型、ミニタリー模型に凝っていた。得意先と社内の飲み会も多かった。どれだけ良い店を知っているかが一流の営業担当の証明だった。

得意先の医師や同業他社、地元の卸さんからの情報収集が大いに役立った。高知の土佐料理ではどろめ、のれそれ、チャンバラ貝も珍しいものだった。うつぼのタタキというのも見た目はどうも、と思うが食べれば旨かった。料亭Tも常連になると「鯨が入った」「クエが入った」と電話がある。鯨の尾の身は初めて食べたがこれは美味。クエはフグよりもコクがあって刺身、鍋料理と旨かった。高知で美食の世界を知ったようなものだ。

酒席での遊び。土佐ならではの箸けん、べくはい、菊印があった。どの遊びも勝てば良し、負ければ一気飲みさせられる。サイコロを3つ広めの茶碗で転がす、チンチロリン勝負も忘れられない。3つサイコロのうち2つ数字がそろえばそれが持ち数字となり、その大小で勝ち負けを決めた。2つそろうのはかなり確率が高いが意外に3つそろう、3ぞろ(ミゾロ)もよく出てくる。最強は1が3つそろう、または6がそろうこと。あらかじめミゾロの最強と最弱も決めておけば倍返しやドボンありでスリル満点。こんな飲み方は他所でしたことはない。さすが高知…。

92年安芸市の野良時計
92年岩崎弥太郎の生家にて
09年御免(ごめん)付近の土佐電鉄
13年の高知龍馬空港

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