みちのくよもやま話

山陰本線デゴイチ物語6 小串~湯玉

小串(こぐし)

小串の地名は子牛が訛ったという説もある。牛を飼っていたのか。近くに特牛という地名もあるので頷けることではある。しかし五島列島に小串、川棚という地名があるので関連があるかもしれないという説がある。前述の福江という地名も五島では有名な港町である。これもまた調べてみれば面白いことであろう。海のつながりは強いということか。

デゴイチの頃も小串駅で多くの列車が交換をしていた。今でも下関発小串行の列車があるほどで交通の要地であることは変わらない。当時、駅を出れば映画に出るような古い病院があった。日本海の砂浜が近くにあって保養地のようで気持ちが良い。ここから湯玉まで海岸近くを線路が通っているので撮影ポイントしては当時から有名であった。奇岩あり、砂浜あり、稲荷神社の鳥居ありで撮影は楽しかった。

73年10月雨の小串駅、幡生から乗車
73年10月長い貨物列車が到着
73年10月小串―湯玉間の海岸近くで撮影
74年9月小串―湯玉間に岩場より撮影

デゴイチがいなくなっても行きたい場所の一つが小串であった。彼女が出来たら一緒に海岸を歩いてみたい、と願っていたものだが、やがてめでたく実現した。数年前にデゴイチ仲間の集まりで小串の話題が出たとき、同席していた年上の女性が「私が女学生の頃、朝の客車で小串駅から下関に通った」と言い始めた。それはいつ頃かと聞けば、正に1973年ごろということで「じゃワシらがデゴイチを撮っていた頃じゃ、小串駅ですれ違っていたかもしれん」と笑ったものだ。駅舎は昭和15年建設、これは今も変わらない。

2012年12月小串駅はデゴイチの頃と同じ

湯玉(ゆたま)

湯玉にくるといつもその地名にほっとしたものだ。ゆたま、という語音のせいだろう。そもそもは湯谷(ゆたに)であったらしい。温泉が近くにあったか、あるいは油谷(ゆや、ゆたに)が訛ったか、当て字を変えたのか。近くに油谷湾、油谷半島と書いて「ゆや」の地名がある。ここらは歴史的にも観光の名所としてもよく知られている場所である。関連があるかもしれない。

湯玉と小串の間は岩場の多い難所であるがゆえに撮影名所である。日本海と鉄道列車という組み合わせは今でも絵になる。当時のデゴイチは若干の坂道を上り下りしていた。福徳稲荷の赤い鳥居もアクセントとなる。国道191号線沿いを歩いたり、車で列車を追っかけたりで、私が熱中した場所でもある。

74年7月小串―湯玉間福徳稲荷神社下
74年9月小串―湯玉間下り勾配

 

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