くすり屋さん

くすり屋さん 新入社員編 第2章 化学会社に入社した

くすり屋さん 新入社員編

入社前

N社に内定したので大学卒業までの4ヵ月間、市議会の選挙事務所でアルバイトをした。市議会議員選挙が一番ドロドロしている、とは聞いたが、後で充分に思い知らされた。ここでは沢山の経験もしたがひどい目にも合った、というのが感想だ。学生気分も吹っ飛ぶほど、大人どころか年寄り連中のエネルギーと金儲け話には驚きの連続だった。そんな中でも卒論を仕上げたり部活動を締めくくったりした。卒業式には父を招待した。「子供3人大学を出したけえ、最後くらい卒業式に出てみたい」と言われて親孝行をしたものだった。

3月末にN社の新入研修が始まる、ということで上京した。まずは83年の4月から5月が1回目の研修期間だった。学生時代の荷物はいったん実家へ送った。会社の研修所は大宮駅からしばらく歩いたが当時、途中に古い長屋がゴーストタウンになっていて夜は怖かった。今は整備されて大都会になっていて想像もできない。研修所は古い建物で同期は50人、2人の相部屋は6畳一間だった。1人用の個室は作り付けのベッド、机、箪笥のある三畳一間。季節は春だったので乾燥とホコリで4月末に私は熱を出してしまった。

いざ入社 私は付き合いの悪いやつ?

入社式は朝早く研修所を出て丸の内の本社に行った。午後は医薬品部門がある麹町のビルに行った。どうやら入社したようだ、と思い一安心した。とは言っても22歳から30歳の新入社員が一緒にいるというのは複雑だ。自然と小グループがいくつも出来る。大きくは優秀組と地味な中間層、やる気なし群の3つか。私は目立っていたので優秀組の手前のグループにいて中立を保っていた。同期とは数人と仲が良いだけであとは距離を置いていた。それは30年くらい続く私の行動スタンスである。食事や、外への宴会も2~3人で楽しんだ。多勢いるのはめんどくさい。行くぞ、帰るぞ、ですぐに動ける相手が良い。ぐずぐずするのは時間が勿体ない。おかげで付き合いの悪いヤツ、と同期からは思われていた。

研修は生物、化学と復習して薬学、医薬品と内容が濃くなり毎日テストがあった。翌朝は復習もあった。入社してわかったがN社の医薬品の営業をするらしい。薬局薬店ではなく、病院、医院へ医療用医薬品を売るらしい、ということでこりゃ困ったことになったと思った。文系出身の私には理系、薬系の研修の内容はありがたいことだったが、そうは思っても苦手な領域だけにろくに身につかない。研修中は講師の似顔絵を書いてみんなに回して遊んでいた。次に同期仲間の似顔絵を書いて有名になった。「お前は研修中、似顔絵ばかり、マンガばかり書いていたな」と今でも語り草になっている。

合宿中の土日は大宮駅前、たまには池袋で遊んでいた。アルバイト代とバイクを売った金がかなり残っていたので余裕の暮らしだった。初めて銭湯にも通ったが刺青の若いアンちゃんが入っているのにはビビった。研修所の料理は口に合わなかった。少ないし不味いし。だから休憩所にあるカップ麺で補った。カップヌードルの味が濃いので東京味だと気付いた。ペヤングのやきそばはここで初めて食べた。これはいけると思った。6月には赴任地へ行かねばならない。5月中旬に私は赴任の希望地なし、で提出した。

大宮駅の近くに会社の研修所があった
花の都の東京駅
皇居も訪問した

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