吉都線

えびの高原鉄道(吉都線) 都城から吉松へ

えびの高原鉄道(吉都線)

下り列車から見れば吉松駅から都城駅を結ぶから吉都(きっと)線という名称だったはずだが「えびの高原線」という愛称があったのだ。えびの高原は霧島連峰のひとつ韓国岳の裾野らしいが広大であるのでえびの高原線は吉松から人吉、さらに八代まで鉄道線の愛称でることを知った。「えびの市」は宮崎県、このあたりは熊本、鹿児島の3つの県境が接近している微妙な土地柄である。複雑な歴史があったことだろう。しかも火山が近い、地震や台風の多い南九州。南国が暮らしやすいとか、のんびりしているなんてとんでもない。生活するには厳しい環境だ。

まずは高原駅、ここは神武天皇生誕の地、という伝説の地である。霧島山地の近く、高千穂の峰も見えるような、であるなら信じる方が自然だろう。ここがその後の日本の始まりか?ここから海岸線に出て北上して瀬戸内を平らげていった、武力よりも技術交流か、はたまた文化的交流か、想像だけが膨らんでくるが距離感と時間軸がどうもうまく繋がらない。大和朝廷の安定までどのくらいの年月がかかったのか、天皇一族は何者だったのか、ますます歴史ロマンの迷宮に陥ってしまう。

高原駅、駅舎には神武天皇生誕地とある高原駅、駅舎には神武天皇生誕地とある 

1974年に訪れた都城駅には当然ながら吉都線の列車が入ってくる。デゴイチの貨物、シゴナナの客車が広い駅構内に入ってくる、夢のような光景だった。宮崎駅はすでに電化工事が済んでいたが都城駅はまだまだ。架線の無い駅は空が広く見えたものだ。40年以上過ぎての再訪問で昔のままを見ることは難しいが駅の線路配置は変わっていない。ここでシゴゴが入換していたとか、ここのホームから日豊線のシゴナナ貨物が発車した、などの思い出を想像するこができた。蒸気機関車に夢中だった頃の場所へ再訪できることは幸せなこだと思う。

14年5月都城駅にて、伊集院行14年5月都城駅にて、伊集院行 
14年5月都城駅14年5月都城駅 
74年4月吉都線シゴナナの客車到着せり74年4月吉都線シゴナナの客車到着せり 
74年4月デゴイチ貨物が到着74年4月デゴイチ貨物が到着 

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