泌尿器科の新薬の経過
医薬品は開発試験での症例数は限られている。その時は専門施設で専門の医師が手厚く観察するし条件の良い患者さんが集まることになる。効果があれば沢山のデータをそろえて製薬メーカーは厚労省に承認申請を出す、製造承認が下りて薬価収載されて初めて発売に至る。そこで多くの患者さんに処方されることになるが、例えば実際の臨床では高齢者が多く合併症もある。さらに主治医ががん専門医とは限らない。そんながん患者さんに新薬がどんどん処方される。明らかに開発試験時とは条件が異なるので効果よりも副作用が早く、しかも強く表れることがある。海外と国内のデータを比較すると、例えばある注射の抗がん剤では日本人では血液毒性、発熱などの副作用が強く出ることがある。日本人では少なくても欧米人では心臓関連、消化器関連の副作用が強く出る抗がん剤もある。
今回のN社の新薬は劇症肝炎による死亡例が海外より多く発生してしまった。海外の投与量より少ないのにこの結果は人種差を示唆するものだった。その後、有名な肺がんの内服剤でも日本人が服用すると重篤な間質性肺炎が多く発現するという事例があった。逆に日本人で有効な消化器がんの内服剤でも欧米人では成績が悪い事例もあった。不思議に思っていたが実は下痢が多くて飲み続けられない、という理由とわかり驚いたものだ。普段気にしていなかったが欧米人と黒人、アジア人は薬剤に関して人種差による影響も考慮しなくてはならない。さらに言えばアジア人の集団には韓国人、日本人も含まれるが単純に同じ人種である、とはいかないようだ。
これは日常の食生活による原因と言われている。同じアジアでも早くから肉食の歴史のある韓国と日本人の胃腸は違う(吸収、代謝、排泄)らしい。肉食中心の欧米人と穀物・植物中心の日本人、その腸の長さはかなり違う。植物の消化には腸は長くなる、そこに肉食、高脂肪食が多くなるとヒトは便秘が多くなる。煙草、酒には多くの発がん物質が含まれている。それが便に集まる。結果として間接的ながら便秘は日本人の大腸がん増加の要因の一つとも言われているのはなるほどと思わせる。
さて結論、今回の新薬の劇症肝炎は定期的な肝機能検査、専門医による処方と観察で防げる副作用であった。その後判明したことは類似薬でも肝障害が発生していることがわかった。不運なことにマスコミによる特ダネ争いに中堅のN社は巻き込まれてしまったようだ。大手メーカーなら続々と新薬が出てそんなイメージダウンの薬剤にこだわることは無いかもしれない。しかしN社にとっては貴重な新薬なのでその後もこつこつと育薬を続けていく。残念ながら私のいた横浜での前立腺がん研究テーマは症例登録が進まなくなったので途中中止となった。それでも集まった貴重な症例の分析はしっかりまとめたデータとして学会発表し、論文にもなった。私は多くの泌尿器科医師と沢山打ち合わせてきた結果を形として残すことができたので満足だった。労多くして功少なし、であったかもしれないが、得意先からのN社への信頼は今も続いている。これはくすり屋冥利に尽きると思う。