北海道鉄道漫遊記

北海道鉄道漫遊記 6

室蘭

東室蘭

室蘭という地名の響きもなかなか良い。鉄の街として栄えたが、ご多分に漏れず鉄冷えにより活気がない。旧国鉄の室蘭駅と言えば、そのまま室蘭港につながり、鉄、石炭の積み出し港なので重要な位置にあった。当然広い貨物ヤード、機関区設備もあって、当時の写真から、その活気ぶりが伺える。今の室蘭は名物と称して「やきとり」(実は豚串)で町おこしをしている。しかしながら、現在では東室蘭駅周辺がにぎわっているようだ。

東室蘭寄りの丘の上から俯瞰する室蘭駅周辺は、今も同じ景色だが、広大な平地に線路はない。工場や港も寂しい限り。遠くの白鳥大橋が華美で不釣り合いに感じる。新駅は旧駅舎より随分手前に設置されている。しかもポツンと単線の終着駅である。実に味気ない駅になっていた。救いは旧駅舎を市の管理で、昔の位置に保存してあるということ。木造2階建ての立派な駅舎だ。今後もうまく資料館として残って欲しい。

昭和40年代前半まで室蘭機関区には客車用にC57、C55、入換え用に9600型が配置されていた。その後SLは岩見沢機関区に統合されたようだ。本線用の貨物はすぐ近くの鷲別機関区のD51が担当していた。昭和47年でも20両のD51が配属されている。今も鷲別機関区は健在でDD51、DF200が10数両配置され道内の貨物列車を一手に引き受けている。私は乗車するJR特急の車窓から眺めるDD51を楽しみにしている。おまけに現役のターンテーブルも拝むことができる。

室蘭本線

室蘭を出て北上すると登別、白老、苫小牧へと向かう。昭和50年のSL最終年でも、室蘭本線ではD51の貨物、C57の客車が活躍していた。苫小牧を過ぎると日本一の直線線路がある沼ノ端付近となる。勇払原野の風景は今も変わらない。国鉄最後のSL旅客列車をC57135号機が牽引したのも室蘭-岩見沢間であった。

1975,3/25 室蘭本線 栗丘―栗山 D51855

ちなみに札幌へ向かう千歳線は苫小牧からの分岐になる。岩見沢へ向かう線路としばらく並行して走るのだが原野の駅、沼ノ端付近で別れていく。苫小牧市は元気な街だ。王子製紙の工場の煙突からは毎日モクモクと白煙が出ている。風向きによっては臭い日もある。

苫小牧

苫小牧は日高本線の始発駅でもある。SL時代は機関支区もあってC11が数両配置されていた。日高本線は襟裳岬方面に南下して、その距離なんと約150キロ。往復300キロは長い。当初の建設予定では襟裳岬をぐるりと回って広尾線と合流する、という壮大な本線計画だったようだ。志半ばにして終点は様似駅となり延長は中止、どころか相方の広尾線が廃線となってしまってので、この日高本線の存続も危うい。

日高地方と言えば、サラブレッドの故郷として名高いが、私には「広い牧場に馬とC11のSL列車…」、という絵葉書のような写真が思い出される。現在の復活SL「C11207号機」はこの路線を走っている時に2つ目ライトになったと聞く。

2001,11/24 二つ目ライトのC11207

私はまだ、日高本線を乗車していないが、沿線をドライブしたことがある。海岸線沿いに走る線路は 時に崖にはりつくように、時に広い河口の長大な鉄橋があって、海が荒れると、しばしば運行中止となるのは当然と思われた。のどかな風景とは裏腹に、なかなか過酷な路線である。

日高本線に復活SLの運行を望む声は高い。鉄道ファンならずとも「似合う景色」と「観光の目玉」になるのは理解できる。しかし、大切なサラブレッドはSLの黒煙と、汽笛が大嫌いらしい。

それと、沿線の国道は事故が多く、さらに追っ駆けのSL撮影の車が増えると危険だ、との意見も出ている。国鉄時代のSLブーム時にも相当迷惑したらしい。残念なことだが、SLが走れば私も車で追っ駆けてしまうだろう。

次回も室蘭本線を北上し、追分、SL撮影名所の栗山-栗丘へ向かう。(2002,4/27)

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