北海道鉄道漫遊記

北海道鉄道漫遊記 3

函館山線を長万部から北上すると目名峠を越える。ニセコあたりでは、羊蹄山、ニセコアンヌプリ山の優美な山容が楽しめる。羊蹄山は蝦夷富士と呼ばれるほど山すそが広く富士山に似ていて美しい。これほど本物の富士山に似た山は、私は他に知らない。いや、均整としては小ぶりな羊蹄山(標高1898m)の方が良いかもしれない。倶知安駅に降りると目の前にドカンと羊蹄山がある。四季を通じて圧巻である。駅にも「羊蹄の水」が湧き出しており自由に飲める。「くっちゃんに来たんだな」、と思う瞬間である。

2000.10/14倶知安―小沢のSLニセコ号と羊蹄山

倶知安には機関区があった。D51と9600の配置。ここでは9600が特異な形態をしていて有名だった。現在でも倶知安型9600の鉄道模型は人気があり、高価でもある。2つ目ライト、給水温器の増備に加え、変形デフ+北海道装備なので、原型の9600とはまるで違うSLにみえる。私は原型はズングリして鈍重なイメージが強いのだが、倶知安型は迫力に満ちていると思う。倶知安町内に79615が展示してあるという。いつかは会いに行きたい。(2002.8月訪問)

胆振線という路線が倶知安から室蘭本線(!)=太平洋側の伊達紋別まで繫がっていた。今は廃線となっており、その跡を辿るのも良いだろう。胆振も読めない字だ。「たんしん」と読んでいたが、「いぶり」と読む。また、隣の小沢からも岩内線が日本海側の岩内まで伸びていた。これは国道5号から跡が見える。築堤と小さな鉄橋が確認できて想像力をかきたてる。「ここを9600が貨物を引いて走っていたんだな…」と。小沢駅にも給水設備や待機線が多数あったはずだが、今は無人駅。でも木造の跨線橋が良い感じに残っている。私にはC623の思い出もある駅。

倶知安駅構内はSL時代そのままに広い。C62現役の頃に写っていた信号機もまだある。ホームからターンテーブルも見える。しかし側線が途切れており使用できない。せっかく復活SLが運行しているのに勿体ないことだ。ついでに言えば以前のC623のニセコ号はニセコ駅のターンテーブル(他所から移設)を使用していた。それも線路が剥がされて現在利用できない。待機用の留置線も剥がしてしまっている。素早いことだ。しばらくそのままにしておけば良かったのに…。

2000.11/19函館本線小沢駅のC11バック運転

つまりは、2000年秋にC11207が復活してSLニセコ号が再開されているのに、利用しない手はない、と言うこと。C11がいくらバック運転が似合うと言えども、倶知安にもニセコにもあるターンテーブルを何故使わないのか?という疑問は鉄道ファンならずとも思うのでは?かの真岡鉄道では真岡にも、茂木にもターンテーブルを新設したというのに…。
 
再開されたSLニセコ号について述べてみる。旧客を高崎からもって来て北海道仕様に改良したのは良いアイディアだった。しかしDL後押しの4両編成、これは厳しいところだ。ふるさと銀河線(旧池北線)をC11単独牽引では旧客2両だった。20‰ではC11は2~3両で定数になるらしい。これではペイできない。
2001年10月、私もSLニセコ号に乗車してみた。旧客の木のぬくもり、塗りこんだニスが時代を感じさせ良いムードだった。あまり商売っ気がないのも好感だが、記念グッズ、お土産には工夫が必要だ。限定の「SLニセコ号チョロQ」は好評だったが、これに続くアイディアが欲しい。しかし小樽―ニセコ(2001年は蘭越まで)の乗車率は好調のようだ。列車は少々赤字でも沿線が潤うことや、アクセスを含めれば黒字という計算もある。儲かってニセコ号が継続運行されることを願う。

00.11/25函館本線小沢―倶知安

次回は小樽方面まで函館本線を北上してみる。(2002.1/3)