北海道鉄道漫遊記 14

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ようやく釧路にたどり着いた。946でくしろ、と読ませるらしい。「くしろよろしく」も反対言葉で逆から呼んでも「釧路よろしく」となって面白い。お役所のイメージアップ作戦らしい。

釧路駅は立派な3階建てで、遠目にはレンガ風の横ラインが入っており良い感じである。一歩駅を出るとカモメが飛び交い間抜けな鳴き声がやかましい。しかしこれこそ「港町:釧路」を知らしめてくれる重要なアイテムである。遠い明治の頃、石川啄木も新聞記者として赴任して来た時もきっとカモメが迎えてくれたことだろう。

私が釧路初めて訪れたのは2001年の1月だった。冬は良く晴れて冷えて雪は少ないとのことだった。夏は日が照らず霧の街といわれ私も何度か経験した。江戸時代の高田屋嘉兵衛も海路で苦労したらしい。

釧路駅の正面にはSLの動輪が飾ってある。これはD51型の動輪であった。釧路地区のSL晩年はC58とC11が主力であったはずだが?池田機関区にD51やD60がいたので釧路までも入線してきたのだろうか?駅前は2軒の大きなホテルと市場がある。現在の中心街は幣舞橋方面に移動したようだ。

釧路駅のかにマークのキハ40

市役所方面に歩くと公園があってC58106号機が展示してある。かつての「お召し機」でいまだに手入れが良く今にも動きだそうだ。きっと鉄道OBやゆかりの人達が大切にしているのだろう。

良い状態の栄光のお召機

釧路へは仕事とSL撮影に良く通ったものである。SL「冬の湿原」号は釧網本線を1月~3月までの厳冬期を走るので希少である。SLという被写体は冬こそ本領を発揮するが全国復活SLは数あれど真冬の雪中を長期間運行するのは釧路だけである。よって運行 期間は全国から鉄ちゃんが集まってくる。
私は札幌からJRの利用で「乗り鉄」か現地のレンタカー利用で撮影することになる。寝台特急「まりも」も良く利用した。14系客車改造の寝台車はとても静かに走ってくれるので快適である。ただし禁煙車両でないと煙が充満して眠れないので早めに予約しておく必要がある。寝台車以外の車両もあるがさすがに5時間以上も座っていられない。寝台車は横になれる幸せをかみしめながら乗りたい。

釧路駅の特急寝台まりも

さて、その釧網本線だが名前のとおり釧路~網走を結ぶ立派な本線である。根室本線開通前は札幌から釧路へ行くには、札幌―旭川―名寄―網走―釧路ととんでもない迂回をしていたらしい。石川啄木は函館から2日以上かけて釧路へ赴任したのだ。SL時代の晩年はC58型が主力で客車+貨車の混合列車が有名だった路線である。冬の釧路湿原は凍って寒さが厳しいがSL撮影に加えエゾシカ、タンチョウツルにも出会えて貴重な体験をさせてくれる場所でもある。私の通った細岡、塘路、茅沼、美留和は駅からたっぷり30分以上の雪中行軍だが、それに見合う冬の絶景と撮影成果が得られた。

釧路を出て北上すると標茶、弟子屈、川湯温泉である。弟子屈は「てしかが」と読む難読駅名のひとつだったが近年「摩周」に駅名を変更した。確かに摩周の方が有名だが、けしてすぐそばに摩周湖があるわけではない。川湯温泉駅も木造の貴重な駅舎だし、温泉の湯も良いという評判だが、どうにも商売はうまくないらしい。

釧網本線は湿原、温泉のある山の峠越えを過ぎるとオホーツク海に出る。しばらく走るとようやく網走に到着するのだが、直通列車が少ないので「乗り鉄」派には苦労する路線なので注意したい。川湯から南では標茶にしか駅員がいないし、その他の駅前も寂しいもの。コンビニはないし銀行も少ないので土日の旅行は準備が悪いとひもじい思いをすることになる。そういえば、昔の現役SLの撮影時もローカル線ばかりで、峠の駅前にも何もなかったことを思い出した。仕方なく水道の水を飲んだ…。(2003,12/31)

標茶駅の豪雪 

 

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